kami552750’s blog

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poqpoq

皆さん、おはようございます。

風の華です。

今、流行りの来てるバンドをひとつ紹介しますね。

バンド名 poqpoq

 

popoqが、この時代に刻む肉体と美意識――「バンド」を更新するバンドによる1stフルアルバム『00』を聴いた

たとえば、路傍に咲く花を見て「きれいだな」と思う。その精妙な色彩のグラデーション、凛然と咲き並ぶ姿、複雑さを複雑さのまま受け入れ、「個」であることと「種」や「類」であることの間にわだかまりも軋轢も感じていなさそうな、悠然とした率直さに憧れすら抱く。しばらくして、花に向けていた視線を一転、自分自身や、我々が生きる社会のシステムに向けてみる。そして問う――「さあ、どうやって生きていこう?」と。
まあ、花の立場からしてみれば、食だの性だの同類同士の諍いだの常に頭を悩ませている人間なんて、本当に愚かなだけの生き物なのだろう。人間なんてちっぽけなものだ。しかしながら、路傍に咲く花を見て「きれいだな」と思い、そこから人間としての生き方を考え、なんらかの智慧やイマジネーションを得ようとすることは、決して愚かなことではない。愚かは愚かなのだろうが、その愚かしさや悲しさを起点に努力し行動し始めるのが、人である。

群馬出身の3ピースバンド・popoq(読み:ポポキュウ)に私が少なからずシンパシーを抱くのは、そんな「人としての悲しさ」から生まれる思考力と表現力が、音楽に如実に表れているからである。「popoq」という不思議なバンド名は、バンド内でコンポーズやコンセプトメイクの多くを担う右京(Dr・Cho)が幼少期から頭に思い浮かべていたもので、視覚的な点に重きを置いてバンド名に冠されたという。オフィシャルHPの「discography」を見てもらえばわかるが、popoqの作品のアートワークには、言語を介さずに視覚と思考をリンクさせるような独自のバイオリズムを感じさせるものが多い。彼らは「言葉」というものに対して懐疑的な目線を持っているのかもしれない。しかしながら、popoqは上條渉(Vo・G)という類まれな越境性のあるボーカリストを擁するバンドでもあり、歌と詞に重きを置くバンドでもある。彼らは言葉を徹底的に忌み嫌っているわけでもないはずで、我々を苦しめる「言葉」の厄介さを感じながら、同時に、言葉がもたらす幸福――たとえば、わかち合うこと――も享受し、様々なものの狭間から作品を生み出しているといえる。

popoqは2013年、高校の同窓生だった右京と上條を中心に当初は4ピースバンドとして結成され、その後、メンバー脱退とオグラユウキ(B・Cho)の加入を経て、現在の3ピース編成に至る。ちなみに、右京と上條はIvy to Fraudulent Gameの福島由也とも高校の同窓生であり、福島は2017年の2nd EP『Metropolis』以降、popoqの制作にレコーディングエンジニアとして関わっている。過去のインタビューでは福島を「4人目のメンバー」と発言しているほど、popoqにとって福島の存在は大きいようだ。これまでpopoqの音楽性は「ドリームポップ」や「シューゲイザー」といった言葉と共に語られることが多かったが、実際のところ、彼らの音楽を特定のジャンルに規定することはとても難しい。Ivy to Fraudulent Gameがそうであるように、popoqにもひと言では言い切れない様々なエッセンスがある。そこには、バンドミュージックとしての生々しい焦燥と原初的なダイナミズムがあり、作曲の土台にはDTMを置き、そのうえで「感性」と「音」を繋ぎ合わせながら景色や空間を生み出してみせる精緻なサウンドアプローチがあり、そして、人の心の歪な形を滑らかに撫でるような、普遍的な歌がある。popoqの音楽の中では、様々なものが出会う。メロディとノイズが、鉄と肉が、白と黒が、一見対極にあったはずのそれらが出会う瞬間が次々に訪れる。その出会いが生むハプニングを楽しむようなバンドの無邪気さとユーモアが、どこまで内省的な世界に沈み込んだとしても、popoqの音楽を決して重苦しくはしない。

そんなpopoqの新作『00』(読み:リンリン)は、1stフルアルバムでありながら早くもバンドが次のフェーズに入ったことを知らせる作品である。「rockinon.com」で私がインタビューをした際、右京は、コロナ禍に出会ったアルカソフィーといった独自の詩情と肉体性を持ったエレクトロニックミュージシャンたちからの影響を語っていたが、確かに、『00』はこれまでのpopoqの作品にはなかった音の「動き」を感じさせるアルバムだ。時折、聴こえてくるコラージュめいた音のリアルな質感、メロディとリズムが螺旋のように入り組む瞬間――ひとえに、躍動している。それは1曲の内部で起こる「音の動き」でもあり、アルバム1枚を通して巻き起こる「物語の動き」でもある。アルバムは冒頭、“canvas”や“eve”といった覚醒感のあるメロディアスな楽曲で幕を開け、次第に、強烈なビートとノイズが荒れ狂う“helix”や、浮遊感のある“geometry”など、抽象性の高い歌詞と共に深い音世界へ潜っていく楽曲へと至る。


www.youtube.com

たとえば、路傍に咲く花を見て「きれいだな」と思う。その精妙な色彩のグラデーション、凛然と咲き並ぶ姿、複雑さを複雑さのまま受け入れ、「個」であることと「種」や「類」であることの間にわだかまりも軋轢も感じていなさそうな、悠然とした率直さに憧れすら抱く。しばらくして、花に向けていた視線を一転、自分自身や、我々が生きる社会のシステムに向けてみる。そして問う――「さあ、どうやって生きていこう?」と。
まあ、花の立場からしてみれば、食だの性だの同類同士の諍いだの常に頭を悩ませている人間なんて、本当に愚かなだけの生き物なのだろう。人間なんてちっぽけなものだ。しかしながら、路傍に咲く花を見て「きれいだな」と思い、そこから人間としての生き方を考え、なんらかの智慧やイマジネーションを得ようとすることは、決して愚かなことではない。愚かは愚かなのだろうが、その愚かしさや悲しさを起点に努力し行動し始めるのが、人である。

群馬出身の3ピースバンド・popoq(読み:ポポキュウ)に私が少なからずシンパシーを抱くのは、そんな「人としての悲しさ」から生まれる思考力と表現力が、音楽に如実に表れているからである。「popoq」という不思議なバンド名は、バンド内でコンポーズやコンセプトメイクの多くを担う右京(Dr・Cho)が幼少期から頭に思い浮かべていたもので、視覚的な点に重きを置いてバンド名に冠されたという。オフィシャルHPの「discography」を見てもらえばわかるが、popoqの作品のアートワークには、言語を介さずに視覚と思考をリンクさせるような独自のバイオリズムを感じさせるものが多い。彼らは「言葉」というものに対して懐疑的な目線を持っているのかもしれない。しかしながら、popoqは上條渉(Vo・G)という類まれな越境性のあるボーカリストを擁するバンドでもあり、歌と詞に重きを置くバンドでもある。彼らは言葉を徹底的に忌み嫌っているわけでもないはずで、我々を苦しめる「言葉」の厄介さを感じながら、同時に、言葉がもたらす幸福――たとえば、わかち合うこと――も享受し、様々なものの狭間から作品を生み出しているといえる。

popoqは2013年、高校の同窓生だった右京と上條を中心に当初は4ピースバンドとして結成され、その後、メンバー脱退とオグラユウキ(B・Cho)の加入を経て、現在の3ピース編成に至る。ちなみに、右京と上條はIvy to Fraudulent Gameの福島由也とも高校の同窓生であり、福島は2017年の2nd EP『Metropolis』以降、popoqの制作にレコーディングエンジニアとして関わっている。過去のインタビューでは福島を「4人目のメンバー」と発言しているほど、popoqにとって福島の存在は大きいようだ。これまでpopoqの音楽性は「ドリームポップ」や「シューゲイザー」といった言葉と共に語られることが多かったが、実際のところ、彼らの音楽を特定のジャンルに規定することはとても難しい。Ivy to Fraudulent Gameがそうであるように、popoqにもひと言では言い切れない様々なエッセンスがある。そこには、バンドミュージックとしての生々しい焦燥と原初的なダイナミズムがあり、作曲の土台にはDTMを置き、そのうえで「感性」と「音」を繋ぎ合わせながら景色や空間を生み出してみせる精緻なサウンドアプローチがあり、そして、人の心の歪な形を滑らかに撫でるような、普遍的な歌がある。popoqの音楽の中では、様々なものが出会う。メロディとノイズが、鉄と肉が、白と黒が、一見対極にあったはずのそれらが出会う瞬間が次々に訪れる。その出会いが生むハプニングを楽しむようなバンドの無邪気さとユーモアが、どこまで内省的な世界に沈み込んだとしても、popoqの音楽を決して重苦しくはしない。

そんなpopoqの新作『00』(読み:リンリン)は、1stフルアルバムでありながら早くもバンドが次のフェーズに入ったことを知らせる作品である。「rockinon.com」で私がインタビューをした際、右京は、コロナ禍に出会ったアルカソフィーといった独自の詩情と肉体性を持ったエレクトロニックミュージシャンたちからの影響を語っていたが、確かに、『00』はこれまでのpopoqの作品にはなかった音の「動き」を感じさせるアルバムだ。時折、聴こえてくるコラージュめいた音のリアルな質感、メロディとリズムが螺旋のように入り組む瞬間――ひとえに、躍動している。それは1曲の内部で起こる「音の動き」でもあり、アルバム1枚を通して巻き起こる「物語の動き」でもある。アルバムは冒頭、“canvas”や“eve”といった覚醒感のあるメロディアスな楽曲で幕を開け、次第に、強烈なビートとノイズが荒れ狂う“helix”や、浮遊感のある“geometry”など、抽象性の高い歌詞と共に深い音世界へ潜っていく楽曲へと至る。


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